2008年11月17日月曜日

再度、目薬のお話です。

先日、目薬と間違って機械用の油を点眼してしまったと受診された方がいらっしゃいました。幸いその方は間違いに気づいてすぐに水で眼を洗ったためか、受診された時は少し充血していたくらいで大事にはいたらなかったのですが、このような事故は意外に多いものです。
目薬のビンと同じくらいの大きさのビンは結構あります。水虫の薬を点眼してしまったとか、瞬間接着剤を間違えて点眼してしまった方もいらっしゃいました。さすがに瞬間接着剤を点眼した方はかなり重傷で、大学病院に入院していました。その方がどうなったかは記憶にありませんが、本当に怖いことです。目薬と同じような大きさや形をしたビンは目薬と近いところに置かないこと、万が一間違って点眼してしまったら、すぐに水で洗い流し(なるべく流水で念入りに)、早く眼科を受診して下さいね。

2008年10月3日金曜日

目薬のはなし

今日は目薬の使い方です。『目薬のつけ方?そんなの簡単!』とおっしゃる方も多いかと思いますが、目薬のつけ方って患者さんによって千差万別で、結構驚かされることがあります。眼科で出す1本の目薬にはだいたい5ccの量が入っていますが、極端な例では1本を1〜2日で使い切ってしまう人、1本を2〜3年くらい使う人、がいます。
前者の方は目薬で眼を洗っているのではないかと思ってしまいます。目薬は1回に1滴入れれば充分で、たくさんつけたから良いと言うものではありません。いくらたくさん入れても眼の容量はちょっぴりですから、ほとんどは瞼に流れてしまいます。もったいないですし(目薬の中には結構高価な目薬もあるのです。)、目薬の刺激で瞼が皮膚炎をおこしてしまうこともあります。
また、『目薬が無くなったから来た』と言って1〜2年ぶりに受診される方がいますが、そんなに前に出した目薬をず〜っと使っていたのかと本当に驚いてしまいます。ほとんどの目薬は開けてから1ヶ月以内で使うようにして下さい。開けてから何ヶ月も経つと、点眼瓶の中に細菌が繁殖していることがあります。目薬をつけているつもりが、逆にバイ菌を入れていることにもなりかねません。
それから、目薬はいくら家族の方の間でも使い回しはしないで下さい。目薬を介して病気がうつってしまうことがあります。仲の良い恋人どおしでも、目薬の貸し借りはしないで下さいね。

2008年9月24日水曜日

困ったネコ

またまたしばらくの間この日誌をさぼってしまいました。
この前に更新したのが春だったのにもう秋。やっと涼しくなってきました。今年も暑い夏でしたねえ。すっかり夏やせしていた我が家のネコたちも、少し食欲が出てきて太めになってきました。
今、我が家のネコは3匹。皆、メスです。一番の古株は今年で確か13才(いや、14才かもしれない)になる三毛猫のマリコ。このマリコ、とっても悪いクセがあって困っています。時々、私のベッドでオシッコをしてしまうのです。早朝、下半身のあたりに冷たい、いやぁ〜な感じが・・・一瞬、自分がオネショをしてしまったかと焦って飛び起きましたが、その直後にあのネコ特有のものすごいオシッコ臭が、、。
飛び起きてシャワー、洗濯、もぉ〜〜!怒り心頭!と言うところですが、いくらネコに怒ってみても、馬の耳に念仏、暖簾に腕押し、ネコに小判(あ、これは関係ありませんね)。 “いったい何の不満があるの?”と聞いてみても、“ニャ〜オ〜”と言う答えが返ってくるばかり。泣き寝入りです。どなたか、こんなマリコの困ったクセを直す方法を知りませんか?

2008年4月19日土曜日

眼科医からのお願い

こんなことを言うと怒られてしまうかもしれませんが、患者さんの中にはとても診察しにくい人がいます。眼科の診察は目に光をあてることが多いので、とてもまぶしく、診察の時に全く目を開けてくれない患者さんがいるのです。目を開けてくれないことには、こちら眼科医としては商売になりません。トホホという訳です。そういう時にはどうするか?そう、むりやり瞼をこじ開けて診察するということになります。こんな暴力的なことはしたくないし、むりやり瞼をこじ開けて診察するのはかえって時間と手間がかかります。「頑張って目を開けて下さぁ〜い!」と怒鳴りながらの診察です。なんと野蛮なこと!瞼をむりやり開けると眼球はかえってキョロキョロと動き、逆に診察しにくいと言うジレンマに陥ります。診察しにくいとますます時間がかかり、患者さんはつらくなるのでますます目を開けてくれなくなり、、、、悪循環です。
昔、大学病院に勤務していた頃、外来の診療中に先輩の先生が大きな声で耳の遠い患者さんに叫んでいたことがありました。「○○さぁ〜ん、目を開けてくださいよぉ〜。眼科に来て目を開けないのはねぇ、床屋で帽子を脱がないのと同じですよぉ〜〜。頼むから目を開けてくださぁ〜〜い。」と。なるほど、うまいことを言うものです。
眼科医からのお願いです。眼科の診察の時はガンバッテ目を開けてください。まぶしいので少々つらいことは分かるのですが、協力していただければ診察も短時間で終わり、お互いに無駄な労力を使わなくても済むという訳です。

2008年2月29日金曜日

すぐれものOCT

眼科は視力を測ったり、眼圧を測ったり、眼底の写真を撮ったり、数え切れないだけのいろいろな検査があります。さらに最近の画像処理の進歩で、様々な画像診断装置が出てきました。その中でも昨年末に導入したOCTと言う器械はすぐれものです。まあ、簡単に言えば網膜のCT画像ですね。今までの検査では網膜の表面しか見えなかったのですが、網膜の断面が分かるようになったと言う訳です。画期的です! 今ではこの器械無しでは診療が難しいほどになってしまいました。眼科だけに限らず、検査器械の進歩はめざましいものがあります。内科の先生も最近は患者さんの脈を取ったり触診したり聴診したりということが少なくなって来ているようです。 “内科に行っているけど、全然聴診器あててくれないのよぉ”と、愚痴る患者さんがいたりします。確かに、エコーやら心電図やら、直接患者さんに触れなくても診断できてしまう器械が増えてきているんですよね。先日の新聞に笑い話が載っていました。中年の女性が内科に行ったところ、衣服の上から聴診器をあてられたので、“最近の聴診器は性能が良いのねえ。”と感心して帰ってきたところ、その娘さんが行った時には、しっかりと衣服を脱がされて聴診器をあてられたとか。。。最近の聴診器が性能が良くなったと言う話はあまり聞かないのですが、どうなのでしょう? 内科の先生方、間違っていたらごめんなさい。そう言えば私のところで愚痴を言った患者さんも年配の方だったような気がします。。。

2008年1月25日金曜日

診療予定

このホームページに診療予定という項目を入れました。それを見ていただくと代診の先生の診療日や休診日が分かりますので、大いに利用していただければと思います。(これはホームページの宣伝ですネ。)診療予定は一ヶ月毎のカレンダーになっているのですが、これを見ると、なんだか休診と代診の先生の日がやたら多い様に見えてしまいます。でも、私も遊んでいるワケではありません。(これ、言い訳ですネ。)
火曜の午後は休診ですが、その日は成人病センターで白内障手術をやっています。水曜日の午後は代診の先生になっていますが、その時は由利本荘市にある病院に行ってやはり白内障手術をやっています。
由利本荘市は秋田市から車で1時間ほどの日本海沿いの町です。秋田大学病院に勤務していた頃も、良くこの町にある病院に診療に来ていました。いつも病院の車が迎えに来てくれたのですが、すぐに車酔いする私にはつらいつらい1時間の道中でした。目指す病院に近づく頃はもう気持ちが悪くて最悪の状態。自分が運転するから代わって欲しいと、何度思ったことか。でもさすがに運転手さんのハンドルを奪うことはできず、ひたすら気持ち悪さに耐えて病院にたどり着いたものでした。また、その頃の眼科の病院は今よりもずっと少なかったため、患者さんの数も半端では無く、待合室にひしめいて待っている患者さんの“山”を見た時には思わず吐きそうになるほどでした。診療が終わると夜の9時近く、そして秋田市内の自宅にたどり着くともう10時過ぎということもありましたが、不思議と帰りの車はあまり酔わずに過ごせました。やはり仕事への拒否反応が車酔いの原因だったのでしょうか?

2008年1月6日日曜日

父と囲碁

昨年末に、実家の茨城にいた父親を秋田に呼び寄せました。父は83歳、今は秋田市内の病院に入院しています。認知症がひどく、娘の私の名前も最近はほとんど出てこなくなりました。自分自身の名前も時々わからなくなるほどです。でも、そんな父に驚かされることがありました。それは、以前やっていた囲碁ができること。元気だった頃は老人会の囲碁大会などに出てかなりの成績だったらしく、実家には今でもその時にもらった賞状などが壁に飾られています。初めは五目並べくらいでもと思って病院に持って行った碁ですが、父はすぐに囲碁を始め、あっという間に私に勝ってしまいました。父が強いと言うよりは私が弱すぎると言うことなのですが。その後は病院に行く度に囲碁をやり、私がすぐに負けて帰ってくることの繰り返しです。人間の能力ってすごいですね。どんなに認知症がひどくなっても好きだった囲碁は忘れないようです。自分のいるところも日時も分からないのに、ちゃんと囲碁はできるのです。碁盤に向かっている時の父は昔の表情にもどり、生き生きとした顔になります。先日は私の息子と囲碁をやって(もちろん息子は私よりは強いのです。)息子も全く歯が立たないと、白旗をあげて帰ってきました。認知症の進行を止めることはできませんが、今、こうして父と囲碁をやれることの幸せを感じながら、毎日負けて帰ってくる日々です。